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● さまよえるアフガン人 祖国ではタリバーン復活 日本は難民と認めず (朝日新聞 2008年10月27日)


※ 記事では実名になっていますが、ここではイニシャルとさせていただきます。

 イスラム原理主義勢力タリバーンの迫害から逃れ、約6千キロ離れた日本で暮らすアフガニスタン人たちが、苦悩を深めている。01年9月の米国同時多発テロ後、政権を追われたタリバーンが復活、駐留外国軍との戦闘が泥沼化しているからだ。日本ではこの間、難民と認められず、帰国もできない不安定な状態が続いている。「難民鎖国」と批判される日本で、絶望するアフガン人は後を絶たない。(浅倉拓也)

【写真】Mさんは食事を拒み続け、仮住まいの部屋でほとんど何もせず日々を過ごしていた=9月27日、大阪市内

 「日本政府はぼくを人間と認めてない。もう疲れた」。大阪市内のカトリック教会の施設で暮らすMさん(34)は9月、自暴自棄になり、水分以外を一切拒むハンストを始めた。
 タリバーンに異教徒として迫害された少数民族のハザラ人。兄は自宅から連行され、行方不明という。その後、中古車輸入の仕事を通じて日本人と知り合い、00年末に短期滞在のビザで来日、更新を繰り返して日本にとどまった。
 翌年、法務省に難民認定を申請したが、強制送還の処分に。処分取り消しを求めて控訴したが、07年9月、「タリバーン政権は崩壊し、迫害の恐れはない」と大阪地裁で敗訴した。最高裁まで争ったが、今月、棄却された。送還に向けた拘束を一時的に解く「仮放免」を大阪入国管理局から認められたが、就労は許されず、健康保険にも入れない。大阪府外に許可なく出ることもできない。
 ハンストも20日間が過ぎ、衰弱が進んだころ、約15年前に混乱する祖国で生き別れた母親が夢に現れた。「ちゃんと食べなさい」。泣きながら怒っていた。翌日、ようやくアフガン人の友人が持ってきたスープに口をつけた。
 来日アフガン人の難民認定申請はタリバーン支配が強まった90年代後半から増加した。法務省によると、05年末までの申請は256件で、認定されたのは23人。認定されなかったが、「人道的な配慮」から「在留特別許可」を受けたのは87人だった。国連難民高等弁務官事務所によると、07年末現在、ドイツは2万4236人、英国は2万3565人、オランダは1万7296人のアフガン人を難民として受け入れている。
 将来を悲観するアフガン人は多い。02年には、難民認定申請中の男性(当時28)が愛知県で自殺した。04年には不認定処分を受けた男性がカッターで自分の腕を切りつけ、刃をのみ込んで病院に運ばれる騒ぎが東京であった。精神科で治療を受ける男性もいる。
 法務省入国管理局は「送還するかどうかは当該国の情勢を客観的に判断して決めている。その見極めに時間を要することもある」としている。

【キーワード】難民認定 日本は81年に国連の難民条約に加入。同条約に基づき、母国で迫害されるおそれがある外国人は、法務大臣に難民認定の申請ができる。認定されれば在留資格を得て日本人と同等の権利をもって暮らすことができる。07年末までに5698人が申請、451人が認定された。審査が厳しく受け入れ数が少ないことに国際社会から批判がある。

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